2010年05月23日
交点としての機能をキャンプに望む話
大人になるというのは集約された一つの交点から
それぞれが目指す方向に行き、
それぞれが方々で一生懸命にやることであり、
時にはそのまますれ違い二度と交わることが無い───
というものだ。
今となっては自分で思いついたことなのか、何かの本に影響を受けたのかよく分からない。ただ、ふとした時にこの座右の銘のようなものが頭をよぎる。この言葉が脳裏に染み付いてしまったのがなぜかもよく分からない。しかし、少なくとも自分の足跡を辿ってみるとき、もしくは友人や同僚上司の友人関係を客観視してみるとき、そういうことが多かったのは事実だったりする。
確か去年だったろうか。オランダのユトレヒト大学の教授、ジェラルド・モレンホースト(Gerald Mollenhorst)が「友人の半分は7年間で入れ替わる」なんてことを言って先進国中の注目を集めた。このことはまさに世界中の人にとって的を射ていたからに他ならないだろう。人間と人間ってのは望む望まざるに関わらず元来そういうものなんだと思う。転勤族の息子として生まれ転勤族の道を選んだ自分だから余計かもしれない。

だからこそ僕は思うのだ。幸運にも大事にしたい友人や仲間がいるならば、定期的に交点となる機会を自ら作りださなければいけないのだと。意識的なフォローが必要になればそれはもはや友人ではないという意見もあろう。しかし、あれから10年ほどの時間が経ち、身軽だった僕達にも彼女ができ、妻ができ、子供ができ、親世代は老けていく。メメント・モリじゃないけれど時間は死というただ一点に向かい一方通行で無表情に進んでいく。それぞれの人間が家族がそれぞれの生活をそれぞれの場所で一所懸命にやっているということ、それらは美しいことであるけれども「仲間」という共通項から離れていく強力な推進力としても機能していることだろう。

自分達には外遊びがある。特別ないい道具も高い技術もなければ、スマートな野遊びをしているわけじゃない。数あるスタイルの中でも僕らのは格好のいい崇高なアウトドアでは決してない。焚き火とコーヒーを楽しみにしていたくせにインスタントコーヒーすら買うことを忘れたりするブサイクなアウトドアだ。それでもいいじゃんよ。集団が定期的な交点をつくる方法をひとつ持っているということだけでそれはとても幸運なことだと思うのだ。たった一晩の食う寝る遊ぶの共有は365日の中の特別だ。そして至高の交点だったりするのだ。
アウトドアブログランキング参加中!
余談:キャンプレポどう書いていいかわからんくなって散発になってます(笑)
余談2:たまにこういう胡散青臭い文章を書きたくなります。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
それぞれが目指す方向に行き、
それぞれが方々で一生懸命にやることであり、
時にはそのまますれ違い二度と交わることが無い───
というものだ。
今となっては自分で思いついたことなのか、何かの本に影響を受けたのかよく分からない。ただ、ふとした時にこの座右の銘のようなものが頭をよぎる。この言葉が脳裏に染み付いてしまったのがなぜかもよく分からない。しかし、少なくとも自分の足跡を辿ってみるとき、もしくは友人や同僚上司の友人関係を客観視してみるとき、そういうことが多かったのは事実だったりする。
確か去年だったろうか。オランダのユトレヒト大学の教授、ジェラルド・モレンホースト(Gerald Mollenhorst)が「友人の半分は7年間で入れ替わる」なんてことを言って先進国中の注目を集めた。このことはまさに世界中の人にとって的を射ていたからに他ならないだろう。人間と人間ってのは望む望まざるに関わらず元来そういうものなんだと思う。転勤族の息子として生まれ転勤族の道を選んだ自分だから余計かもしれない。

だからこそ僕は思うのだ。幸運にも大事にしたい友人や仲間がいるならば、定期的に交点となる機会を自ら作りださなければいけないのだと。意識的なフォローが必要になればそれはもはや友人ではないという意見もあろう。しかし、あれから10年ほどの時間が経ち、身軽だった僕達にも彼女ができ、妻ができ、子供ができ、親世代は老けていく。メメント・モリじゃないけれど時間は死というただ一点に向かい一方通行で無表情に進んでいく。それぞれの人間が家族がそれぞれの生活をそれぞれの場所で一所懸命にやっているということ、それらは美しいことであるけれども「仲間」という共通項から離れていく強力な推進力としても機能していることだろう。

自分達には外遊びがある。特別ないい道具も高い技術もなければ、スマートな野遊びをしているわけじゃない。数あるスタイルの中でも僕らのは格好のいい崇高なアウトドアでは決してない。焚き火とコーヒーを楽しみにしていたくせにインスタントコーヒーすら買うことを忘れたりするブサイクなアウトドアだ。それでもいいじゃんよ。集団が定期的な交点をつくる方法をひとつ持っているということだけでそれはとても幸運なことだと思うのだ。たった一晩の食う寝る遊ぶの共有は365日の中の特別だ。そして至高の交点だったりするのだ。
アウトドアブログランキング参加中!
余談:キャンプレポどう書いていいかわからんくなって散発になってます(笑)
余談2:たまにこういう胡散青臭い文章を書きたくなります。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
Posted by 転勤族(TNKNCAMP) at 23:33│Comments(4)
│■おいら的思考
この記事へのコメント
んー、死への一方通行ですか上手い事言うもんだ。
まだまだ棺桶にはダッシュしたくないが
一歩一歩向かっているのは確かだなぁ。
真面目な記事で凄いです。
本当に僕の前で酔っ払って先に寝てしまった
彼が書いているのでしょうか?
代筆??☆ヽ(▽⌒*)うっそ〜(笑)
少し考えました。
どんな出会いの友達でも大切にし、1日1日頑張らないととね。
まだまだ棺桶にはダッシュしたくないが
一歩一歩向かっているのは確かだなぁ。
真面目な記事で凄いです。
本当に僕の前で酔っ払って先に寝てしまった
彼が書いているのでしょうか?
代筆??☆ヽ(▽⌒*)うっそ〜(笑)
少し考えました。
どんな出会いの友達でも大切にし、1日1日頑張らないととね。
Posted by mayupapa at 2010年05月23日 23:58
興味深く拝見しました。
わたくしも幸運にもブログを通じて知り合えた方々がいます。
バーチャルだった世界が実際にお会いすることでリアルに代わり
より深いお付き合いができるようになりました。
積極的に会うための努力をしたほうが、もっと楽しめるのだと思いましたね。
わたくしも幸運にもブログを通じて知り合えた方々がいます。
バーチャルだった世界が実際にお会いすることでリアルに代わり
より深いお付き合いができるようになりました。
積極的に会うための努力をしたほうが、もっと楽しめるのだと思いましたね。
Posted by うまそう
at 2010年05月24日 10:24

>mayupapaさん
酔っ払って先に寝る・・・。そんなこともありましたねぇw
懐かしいなー。とにかくあん時は睡魔が・・・ごめんなさい。
もっといろんな話したかったなぁ、というのと
関東いる間にあのときだけでもお会いできてよかったな、
という感じがあります。
色々この先も変わることもあるでしょうけども、
それをお会いしていい形で実感できたらいいですね。
酔っ払って先に寝る・・・。そんなこともありましたねぇw
懐かしいなー。とにかくあん時は睡魔が・・・ごめんなさい。
もっといろんな話したかったなぁ、というのと
関東いる間にあのときだけでもお会いできてよかったな、
という感じがあります。
色々この先も変わることもあるでしょうけども、
それをお会いしていい形で実感できたらいいですね。
Posted by 転勤族 at 2010年05月25日 10:16
>うまそうさん
はじめまして。こっぱずかしいものをこれはこれは。ありがとうございます。
昔から言われてることなんでしょうけど、ネットとかブログってのは
ヴァーチャルである一方で画面の向こう側に人間がいるんですよね。
たとえば昔のファミコンでドラクエやってりゃその世界での人間関係は
完全なヴァーチャルでしょうけど、今流行のネトゲの協力プレイとかになれば
そこからもうヴァーチャルじゃないと思うんですよ。
ヴァーチャルとリアルの境界線ってあいまいですけど僕の定義は
画面の向こうに生身の人間がいるかどうか。
そういう意味では僕はブログなんかははじめからリアルだと思ってますよ。
純然たるリアルではないでしょうし、定義によりけりなんでしょうけどねー。
はじめまして。こっぱずかしいものをこれはこれは。ありがとうございます。
昔から言われてることなんでしょうけど、ネットとかブログってのは
ヴァーチャルである一方で画面の向こう側に人間がいるんですよね。
たとえば昔のファミコンでドラクエやってりゃその世界での人間関係は
完全なヴァーチャルでしょうけど、今流行のネトゲの協力プレイとかになれば
そこからもうヴァーチャルじゃないと思うんですよ。
ヴァーチャルとリアルの境界線ってあいまいですけど僕の定義は
画面の向こうに生身の人間がいるかどうか。
そういう意味では僕はブログなんかははじめからリアルだと思ってますよ。
純然たるリアルではないでしょうし、定義によりけりなんでしょうけどねー。
Posted by 転勤族 at 2010年05月25日 10:23